きものの歴史は、簡略化の歴史by「主婦の友」

  • 2017.02.14 Tuesday
  • 22:45

JUGEMテーマ:アート・デザイン

 

創刊100年を記念した「主婦の友」(創刊大正6年 休刊平成22年)の「きもの宝典」(2016年10月発行)

 

同誌では着物の変遷を当時の一流随筆家、女優、着物作家などの視点、そして社会情勢を交えて紹介している。

 

「そうそう!」とうなずいてみたり、 「きれいな奥様とおきもの!」とよだれを流さんばかりに眺めたり、私のようなものには時間を忘れさせてくれる一冊である。

 

その一説に「まさに!」という一説がある。

 

『きものの歴史は、簡略化の歴史』

 

 

その通りなのだ。ただそれには一つ条件が付いていた(過去形)


”本来の姿を変えない”で、いかに簡略できるか。

 

 

 

 

 

 

DSC_0497.JPG

 

 

写真左:上から半幅帯(ポリエステル)、細帯(絹)、袋帯(絹)、丸帯(絹)

弊店では細帯をご要望によりは使うが、ポリエステルの半幅帯は浴衣以外には使わない。

 

例えば大正時代くらいまで、帯は丸帯という両面に模様が施された大変長い帯を使っていた。

豪華で美しいのは間違いないが、着る人にとってはとても重くて、窮屈だ。

 

それを2重巻の下になる見えない一巻きと裏側を模様をなくした袋帯が出来た。模様がないので糸が少なくなるのでずっと軽量化した。

 

 

 

DSC_0500.JPG左:名古屋帯

 

その後名古屋帯という、2重ではなく、1重しかお太鼓の部分が上がらないうえ、すでに正面の部分は縫い合わされてさらに略化された帯ができた。

 

私もこの名古屋帯を使うが、軽くて、動きやすい。袋帯は結婚式の出席など動きが少ない時はまだいいが、仕事では名古屋帯を使っている。どちらも一見して形が変わらない、お太鼓という四角い形に仕上がる。

 

 

 

 

 

写真右:女性右細帯の変り蝶結び 女性左は袋帯で2重太鼓 茶道の女性は名古屋帯

 

 

なので今のレンタルショップが当たり前のように使う半幅帯など、まったく違う形ができるものは、簡略というよりも「手抜き」に思えてしまう。でも、残念ながら今はその「手抜き」が当たり前のなっている。

 

伝統の形を変えていってしまうのは、伝統を保ってきてくれた前の時代の方にも、これからそれが伝統と思う後世にも申し訳ない。

 

「効率化」が進んだ国は果たして本当の先進国なのだろうか?とふと考えてしまうこともある。

 

真の先進国の進む方向は「善」や「美」であって、「効率化」であって欲しくない、本来の日本はそうであったのではないだろうか?またそれが日本の強さだったのではないか。

 

 

 

左:某社の袴レンタルの着物のコレクション半分に切られたうえ、素材はポリエステル

 

最近着物ブームで卒業式でも袴を着るようになった。

その袴レンタルでは、当たり前ののように着物が半分に切られている。

 

物が少なかった時代、袴のためだけの着物(半分に切った)着物を作るという考えはなかった。

袴をはくのは、足さばきがよく、大股で歩け、学校での往復や作業に支障がなかったため。

 

第一、レンタルのあの大きな柄の着物は、授業に集中できず学業に差しさわりがある。

もともとは袴には矢羽や色無地などシンプルな模様の着物を袴に合わせていたのだ

 

 

 

写真右:左下の写真は弊店の着物と袴、右を見ると分かるように普通の着物。 真ん中の着物は左上の着物とみると分かるように半分に切ってある。素材はポリエステル

 

 

 

他にもポリエステルの着物にも、一言ある。

 

日本の土台をつくった繊維業、今でも大企業としてのこっている会社たちはいかにシルクに近い化繊を作るかを躍起だった。それが研究開発力の原動力だった。

 

東レのシルックという人工絹は、昔は重かったが、今は軽くて、生地も柔らかく、

和裁士さんが「これは自然繊維と同じに針が入る」と言ってくれる。

 

光沢もかなり絹にちかい。

それがまったくそんな努力も何もないただのポリエステルの着物が今はそこらにあふれている。そして値段がそんなにも安くない(絹との原価を対比して考え欲しい)。

果たしてこの先人たちの努力を一顧だにしない物を許せるのだろうか。

 

 

着物業界、いや今の日本全体の企業に言えのは、「倫理観」の問題。

 

特に日本を代表する伝統文化についてはもっともっと倫理観をもったモノづくり、販売が必要なのではないか。

 

着物がここまでなってしまったからには、監督官庁は「経済産業省」を離れ、「文化庁」が適しているのではないか。

 

現に文化庁が発行する「人間国宝」の着物のほうが

経済産業省が発行する「伝統産業」マークの付いた着物よりもずっと値段が安定している。

 

たくさん売れても、他国産であったら、全く伝統を無視したものだったら・・・そしてもう買い手がその違いを理解できなかったら、どうやって伝統を守っていけばいいのだろう。

 

伝統を「教育」する、それは誰の役目?家庭では無理なら、行政では?だって結局は行政が一番最終的に利益を得るのだ。

 

もっと次回はこの点をフォーカスして、またも拙い文章をひねり出していきたい・・・

 

最後まで分かりずらい文章を読んでくださった方、本当に感謝します。

 

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