被告人という職業

  • 2009.06.28 Sunday
  • 00:22
心にしまっておけない話ができました。

昨日、大学のお若い同級生さんたち4人と

裁判傍聴に行ってきました。



ジュリーシステムに移管する前を知っておきたいと思っていたので。

目の前でその人間が手錠をかけれたのを見た瞬間、私たちはこれだけで驚きました。

そして、感じたことは、−被告人は私と同じ人間だ−


犯罪だけを聞けば、その人は私にはまったく理解できない、犯罪者とも思える。

だが、弁護士の被告人の置かれていた状況を聞くと、その行動が理解でききる(少なくとも今回の2ケースについては)

私も被告人のようにかっとなることだってある。

しかも、アンフェアーで、経済的に苦しい状況があり、家族もいなかったら。

人と罪を切り離して考えたい。ってそう思いました。

そしてその罪を作る社会がいけない。

ケース1は国内での格差社会

ケース2は世界での格差



これでいいのだろうか?と。


がんばっているものが、

それ相当の報酬を受けることは私は否定をしないが、

人間は一定の精神成熟に達すれば、

お金ではなく、それ以外のものに価値を見出していけるのではないだろうか?




ノルウェー人にそのことを話したら、

「カホリもそこまでの精神境地に来たか」とご馳走してくれた。


4年前断固として死刑存続を訴えた私を知っていればそうなのかもしれません!

人により考え方はいろいろありますが、

私は今はっきりといいます。

死刑は反対です。

理由は英語のブログで近く発表します。

(ノルウェー人とディスカッションを続けたいので!)
コメント
ふたたびコメントです。

本当にそうですね。
誰にだって犯罪を犯してしまう可能性はある、もちろん自分にも。

クリスチャン作家、三浦綾子さんの本をたくさん読み、私もそう思うようになりました。

悲しいかなニュースではセンセーショナルな部分しか取り上げられないけれど、そこに自分達となんら変わりのない人間がいるわけで。

罰することに趣を置くよりも、許すことに勇気を持てる心でありたいです。

また三浦さんが
想像力のなさが人を傷つける、
と言うようなことを言っていたのが印象的でした。
るみこさん

ありがとう〜共感をいただけるのが、一番の私の喜びです。

想像力が共感を生み、
他者にいたわりの言葉がかけられるのだと私は信じています。

三浦さんのお考えが、るみこさんには通じてるんだ!

氷点や塩狩峠、私も心を打たれました。

「許し」が日本社会には欠けてるよね。(わたしもまだまだできてませんが)



罪の意識を心に育てることが、

犯罪のない社会にする一歩、

そして、

許す=セカンドチャンスを与える事が、

2歩目かな


っていうのが私の未熟な考えです。
  • 越智 香保利
  • 2009/08/16 11:23 PM
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